日月神示に相談しよう:奉仕をする意味

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日月神示と奉仕

わらびです。

誰か人の為に行動することは良いことだと思いますが、具体的にどう良いのでしょうか。

奉仕のためなら自分を犠牲にする必要もあるのでしょうか?

今回は、日月神示から奉仕について書かれている部分を抜粋し、紹介します。

日月神示ってなに?という人はコチラの記事からどうぞ↓

「日月神示は面白い」

奉仕は喜びであり、恩恵は万倍になって自分に返ってくる

手柄は千倍万倍にして返すから、人に知られないように、人のために、国のために働くのじゃ。それが誠の神の民であるのじゃからな。(第一巻 上つ巻 第2帖)

なんと他者のために奉仕をすると、その恩恵は万倍になって自分に返ってくるそうです!

万倍ってすごいっ!太っ腹です!!

けれど条件付きで、奉仕は人に知られないようにする必要があるとのことです。

なので誰かのために何か良いことをする時は、こっそりとやりましょう。

他人のために行動するのじゃ。神は無理は言わんぞ。始めは子供のためでも良い、親のためでも良い。誰でもいいから自分以外の者のために、まず行動するのじゃ。奉仕するのじゃ。そうすれば嬉しい嬉しい光がそなたに差し込むのじゃよ。そしてはじめの世界も開けるのじゃ。(第二十四巻 黄金の巻 第93帖)

奉仕をする相手は、始めは自分の家族でも良いそうです。

とにかく、誰でもいいので自分以外の人に奉仕をすることが重要とのこと。

すると自分に良いことが起こり、世界も開けていくそうです。

他の者のために苦労することは喜びであるのじゃよ。全体のために働くことは喜びじゃ。光の生命じゃ。~今蒔いた種は、今日、明日には実らないのじゃぞ。早く花が見たくて、実が欲しいから焦るのじゃろう。けれどそれは人間の近欲というものじゃ。~なーに、蒔いた種じゃ、必ず実る。誰も横取りはせんぞ。万倍になってそなたに返ると言っておるじゃろう。未来に燃えつつ現在に燃えよ。神相手に悠々と天地に歩むのじゃ。(第二十六巻 黒鉄の巻 第3帖)

奉仕とは何かという問いについて、日月神示には「喜びである」と書いてあります。

奉仕によって与えられる恩恵は後からやってくるので、焦ったりしてはいけないそうです。

どんなに遅いタイミングでも、必ず恩恵は届けられ、しかも万倍になって返ってくるらしいので、楽しみにしながら奉仕を続けましょう。

自分を犠牲にするのは駄目

今までは悪の世だったから、自分を犠牲にして他人を助けることは、この上ない天からの最上の教えとされていたのじゃが、それは悪の天の教えじゃよ。自分を犠牲にして他人を助けるのは悪じゃ。(第十二巻 夜明けの巻 第1帖)

確かにこの言葉の通り、「自分を犠牲にして他人を助けることはとても良いことだ」というイメージが一般的にある気がします。

しかし、日月神示によるとこの考えは悪だそうです。

自分を犠牲にすることは喜びから遠ざかるので、正しい道とは言えないのでしょう。

与える程、与えられる

自分が生んだもの、自分から湧き出るものはいくら他の者に与えても無くならんぞ。与えよ。与えるのじゃ。与えて無くなるものは自分のものでは無いと言っておるじゃろう。~与えれば与える程、より良く神から与えられるのじゃよ。(第二十九巻 秋の巻 第15帖)

自分から出て来るものは決してなくならないので、どんどん他人に与えたほうがいいそうです。

逆に、与えて無くなるものは自分のものではないそうです。

与えても無くならないし、与える程神から与えられるなんて、とてもありがたい仕組みですね。

自分から湧き出るもの、いっぱい与えましょ~。

まとめ

・奉仕をしたら必ず恩恵が万倍になって返ってくる
→ただし人に知られないようにすること

・奉仕は喜び
→自己犠牲の奉仕は駄目

・与えるほど神から与えられる
→自分から湧き出るものは絶対なくならないから、どんどん与えよう

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