1冊目 本訳『7つの習慣』第三回:第一の習慣 自分に責任を持つ

シェアする

【本訳とは】
読書をすることによってもたらされる恩恵は素晴らしいもの。こんなに素晴らしい恩恵を享受できるのが読書好きに限られるなんて、読書好きの私にとっても悲しいことです。外国語の知識がなくても、翻訳されていればその内容を理解できる。そんな翻訳のように、読書が苦手な人や本を読む時間がなかなか取れない人のために、名著といわれる本の内容を出来るだけ分かりやすく伝える活動を”本を訳する(=分かりやすく解説する)”という言葉から”本訳(ほんやく)”と名付けることにしました。

第一回、第二回はコチラ↓


1冊目 本訳『7つの習慣』第一回:7つの習慣とは

1冊目 本訳『7つの習慣』第二回:相互依存とP/PCバランス


本訳『7つの習慣』第三回では、第一の習慣についてまとめます。

私たちは選択の自由を持っている

第一の習慣とは、主体性を発揮する習慣であり、自分自身に責任を持つ習慣です。

ここで、社会通念や人々の意見や考え、パラダイムを”社会の鏡”と呼ぶことにします。

私たちはこの社会の鏡から自分自身に対するパラダイムや考えを得ますが、これは間違った情報を得るだけに過ぎません。

何故なら、社会の鏡というものは歪んだ鏡であるからです。

「あなたはよく分かっていない」「あなたに出来るわけがない」これらの人々のあなたに対する言葉は、それを発言した人のパラダイムや人格のレベルを映し出しているだけだからです。

第三回7つの習慣1

現代社会には”人は条件付けや環境によって決定づけられる”という考えのもと3つのパラダイムが広く浸透しています。

一つ目は遺伝子的決定論。「私がこうなったのは親の性質を遺伝で受け継いだから」というもの。

二つ目は心理学的決定論。「私がこうなったのは親の育て方が悪かったから」というもの。

三つめは環境的決定論。「私がこうなったのは上司・配偶者・子供・経済・国のせいだ」というもの。

これらの理論は、”ある特定の刺激に対して特定の反応をするように条件づけられる”という考えに基づいています。

第三回7つの習慣2

けれどもしこの理論が正しいのならば、ある出来事に対して人が起こす反応は必ず決まっているということになります。

例えば家が火事になってしまったとします。

ある人はその出来事がトラウマになって、火を見るたびに恐怖心を抱き火に近寄らない人生を歩むかもしれません。

けれどまたある人は、その時の消防士の活躍に心を打たれ、消防士を目指すかもしれません。

このように、実際の私たちは特定の刺激に対して、無限の反応の仕方を持っているのです。

これは何故なのでしょうか。

それは刺激と反応の間に”選択の自由”を持っているからです。

第三回7つの習慣3

選択の自由の中には<自覚・想像力・良心・自由意志>という人間の四つの独特な性質があります。

そしてこれこそが動物と人間が大きく異なっている点です。

このことから分かるように、本来私たち人間は”主体性”を持っているのです。

主体的な人と反応的な人の違い

本来人間は主体性を持っていると言いました。

主体性のある人とは、自分の反応を選択する力を発揮している人であり、自分の価値観に基づき行動する人です。

つまり自分に責任を持っているということ。

逆に反応的な人とは、自分に対する責任を放棄している人です。

反応的な人は常にその時の感情、状況、条件付け、環境に左右されています。

第一回で、行動や態度はパラダイムから生み出されるものだということを学びました。

第三回7つの習慣4

ということは逆に、行動や態度を見つめれば、その源にあるパラダイムが見えてくるということです。

その簡単な方法が”普段自分がどんな言葉を発言しているのか聞く”こと。

普段自分が使っている言葉から、自分が反応的なパラダイムを持っているのか、主体性のあるパラダイムを持っているのか知ることができます。

例えば、反応的な人の言葉は次のようなものになります。

・どうしようもない
・生まれつきだ
・あいつは頭にくる
・しなくてはならない

これに対して主体性のある人の言葉は次のようなものになります。

・代替案を考えよう
・ほかのやり方が選択できる
・自分で自分の感情をコントロールする
・そうすることに決めた

この例からも分かるように、反応的な人は責任を自分以外のものにしています。

そしてさらに恐ろしいことに、反応的な言葉を発することで反応的なパラダイムをさらに強く持つことになります。

するとますます被害者意識に陥り、生活のコントロールを失います。

そうするとまた外的な要因(他人、環境など)のせいにし、反応的な言葉を発するという負のスパイラルを繰り返すことになるのです。

第三回7つの習慣5

負のスパイラルが繰り返されれば繰り返されるほど、反応的なパラダイムが強化されるので、理想的なパラダイムに転換することも難しくなっていきます。

もし自分の言葉は反応的なものが多いということに気付いたのなら、ただちにそれらの言葉の使用をやめ、自分には選択の自由があるということを思い出し、主体性のある言葉を選ぶように心がける必要があります。

問題解決の一歩は自分の中に

私たちが直面する問題には三種類あります。

①直接的にコントロールできる問題(自分の行動と関係している問題)

②間接的にコントロールできる問題(他人の行動と関係している問題)

③全くコントロールできない問題(過去の出来事など)

①の直接的にコントロールできる問題については、自分の習慣を変えることで解決することができます。これは第1、2、3の習慣で学びます。

②の間接的にコントロールできる問題については、影響を及ぼす方法(コミュニケーション方法など)を変えることによって解決することができます。これは第4、5、6の習慣で学びます。

③の全くコントロールできない問題については、自分の態度を変える必要があります。

私たちは過去にタイムトラベルすることはできないので、終わってしまった過去に手を加えることは不可能です。

過ぎてしまった過去のことをいつまでも悔やむのではなく、その出来事から学べることは学び次に活かすなど、前に前進し続ける必要があります。

神よ、変えることの出来ない事柄については、それをそのまま受け入れる平静さを、変えることの出来る事柄については、それを変える勇気を、そして、この二つを区別する賢さを、私にお与えください。

ラインホルド・ニーバー(アメリカ神学者/1892–1971年)

過去の経験を活かし前進することができれば、その問題はもはや解決したといえるでしょう。

このように全ての問題は手に負えないものではなく、自ら影響することで解決できるのです。

第三回7つの習慣6
第三回7つの習慣7

コントロールできる唯一のものは自分自身です。

問題は自分の外にあると考えるならば、その考えこそが問題である。

スティーブン・コヴィー

自分は責任のある(反応を選択することのできる)人間だということを悟ることが、残りのすべての習慣の基礎であり、第一の習慣なのです。

~第四回に続く~

まとめ

・社会の鏡は歪んだ鏡であり自分の真の姿を映し出すものではない

・私たちは選択の自由を持っている

・主体性のある言葉を選ぶこと

・コントロールできる唯一のものは自分自身

このように第一の習慣は、主体性を発揮する人間になる習慣・自分に責任を持つ習慣です。

問題を自分以外の他のせいにしていても何も始まりません。

自分の反応の仕方を変えることが問題解決の第一歩なのです。

次回の第四回では二つ目の習慣である第二の習慣について紹介します。

それでは~。

スティーブン・コヴィーの世界的名著『7つの習慣』を出来るだけ簡単に分かりやすく本訳していきます。第四回は二つ目の習慣である第二の習慣についてです。
スポンサーリンク

シェアする

フォローする