超訳 日月神示17「食べ物の頂き方」第一巻 上つ巻 第十七帖

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超訳 日月神示17

超訳 日月神示とは

「日月神示に興味はあるけれど、原文は分かりにくい」という人のために、私なりに分かりやすくて読みやすい、そして面白い(←なるべく飽きずに読めるように)文章に書き直してみました。出来るだけ原文そのままの意味になるように注意は払っていますが、私の理解力不足で誤って違う解釈になってしまっている箇所もあるかもしれません。しかし、日月神示自体に「この書は無限に解釈できる」(*第23巻 海の巻 第15帖より)と書いてあるように、この教えは読む人が百人いれば百人の解釈ができ、同じ人でも読むタイミングによって、別の意味に捉えられたりする、ある意味「これが正解!」という答えがない面白い教えでもあります。なので、「こういう解釈の仕方もあるんだなぁ」というゆる~い気持ちで参考にしていただけると幸いです。 記事の最後に原文ものせていますので、是非そちらも読んでみてください。

背景青色の部分が超訳で、分かりやすいようにオリジナルの小見出しも付けています。さらに各小見出しごとにメモ✏(緑背景の部分)ものせてみました。分かりにくい言葉、特殊な言葉については*をつけて私なりの解説・解釈を紹介しています。

超訳 日月神示 第一巻 上つ巻 第十七帖

この世の全ては神様のもの

この世はみんな神のものなんだから、人間のものなんて一つもないよ、

メモ✏ この世は人間のものではありません。この世のすべては神様のものです。何故なら人間は、自分が生きていくために必要な酸素や水も無から創り出すことができないからです。太陽もなければ、作物も育ちません。人間は神様によって生かされているのです。

神様にお供えしてから頂く

大地からとれた物は、みんなまず神に供えてね、それを頂いて身魂を養うようになっているのに、神には捧げないで人間ばかりで食べるから、いくら食べても身魂が育たないんだよ、何でも神に供えてから食べると身魂が育つよ。

メモ✏ この世の全てのものは神様のものなので、まずは神様にお供えすることが大切です。そのようにまず神様に感謝の気持ちを捧げてから食べることによって、身魂も成長することができます。食べることが出来ることを当たり前のことと思わずに、感謝の気持ちを忘れないようにしましょう。

食べる量は今の半分で十分

食べる量は今の半分で足りるよ、それが人間の食べ物の頂き方なんだよ。六月の二十五日、日月の神より。

メモ✏ 現代では一日三食が一般的になっていますが、一日に三度食事をする習慣は歴史からするとごく最近になってから生まれた習慣で、三度は多すぎます。日月神示の推奨は一日二食です。「朝は太陽の神様に感謝して食べ、夕方は月の神様に感謝して食べると良い」と記載されています。そして、そもそも回数にこだわるのもおかしな話です。食事は「お腹が空いた時」にとるものであり、「12時になったから食べないといけない」というものではありません。これは当たり前の話なのですが、意外にもそのことに気付いていない人は多いのです。それは食について考えておらず、ただ習慣のままに行動しているからです。単に習慣で食時をするのではなく、もっと真面目に「食事」という行為に向き合うことが大切です。

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日月神示 第一巻 上つ巻 第十七帖のまとめ

今回の主な内容は【食べ物の頂き方】についてでした。「神様にお供えする」とは神棚などに物理的にお供えするという意味ばかりではありません。むしろ物理的な行為よりも大切なのは食べさせて頂いているという感謝の気持ち、つまりです。形式的に「いただきます」と手を合わせるのではなく、本当に感謝の気持ちを持って「いただきます」と手を合わせ神様にまず【心】をお供えしましょう。

日月神示 第一巻 上つ巻 第十七帖 原文

原文は音読するのがオススメです《日月神示は出来るなら音読で読もう。その理由について紹介

この世はみな⦿のものざから、臣民のものというもの一つもないぞ、お土からとれた物、みなまず⦿に供えよ、それを頂いて身魂を養うようになっているのに、⦿には捧げずに臣民ばかり食べるから、いくら食べても身魂の太らぬのぞ、何でも⦿に供えてから食べると身魂太るぞ。今の半分で足りるぞ、それが臣民の頂き方ぞ。六月の二十五日、ひつくのか三。([完訳]日月神示 上巻 より)

その他の日月神示の記事はコチラ→「日月神示一覧」よりどうぞ。

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