わらびです。
「感謝することは大事」とよく聞きますが、具体的にどのように、何に対して感謝すべきなのでしょうか。
今回は、日月神示から「感謝」について書かれている部分を抜粋し、紹介します。
日月神示ってなに?という人はコチラの記事からどうぞ↓
すべてに感謝すること
今は今の姿が真実じゃ。~あるものそのものが真実であるぞ。そのあるものを拝み、祝福して、そこから出発するのじゃ。現在を祝福することは、過去を、未来を、全てを祝福することなのじゃ。たとえどんな現在でも、その現在を祝福せねばならん。喜ばねばならんのじゃ。喜びは全てのもとだと言っておるじゃろう。(第二十六巻 黒鉄の巻 第1帖)
たとえどんなもの、状態でも、存在しているという時点で真実であるので、感謝しなければいけないようです。
そして、現在を祝福するということは、過去、未来、全てを祝福することでもあるとのこと。
日月神示によると、「気」がすべてのもとであり、「言葉」はそれと同じ現象を引き寄せるので、そういう意味でも全てのことに感謝することは大事そうです。
現在の環境を快く受け入れよと言っておるのじゃが、快く受け入れるだけでは足らんのじゃ。それに感謝するのじゃよ。積極的に感謝して、天地の恩に報じねばならんのじゃ。(第二十七巻 春の巻 第34帖)
「受け入れる」こともなかなか大変なことですが、それだけでは足らず、やはり「感謝する」ことが重要なようです。
でも逆に、受け入れるというのは、なんだか苦行のようにも聞こえますが、感謝するというのはやりやすい感じもします。
何故なら、受け入れても喜びは感じませんが(歯を食いしばって受け入れたり・・・)、心の中で「ありがとう」と呟くと、なんだか温かい気持ちになれるからです。
「感謝」というと相手がいたり、何か感謝するような出来事が起きたときにするイメージがありますが、苦しいこと、受け入れ難いことに直面したときに、自分のために感謝する、感謝することで乗り越えるという使い方も良いと思います。
むしろ、この使い方の方が感謝の持つ最大の力を引き出せるのかもしれません。
神を祭るのじゃ。祖先を祭るのじゃ。子孫を祭るのじゃ。心を祭るのじゃ。言葉を祭るのじゃ。行を祭るのじゃ。食べ物を祭るのじゃ。着るものを祭るのじゃ。住居を祭るのじゃ。土地を祭るのじゃ。感謝、感謝で喜びが来るのじゃよ。(第二十四巻 黄金の巻 第22帖)
本当になんでも全てを祭り、感謝するのですね。
そして感謝の先には喜びがあるようです。
そして喜びこそが誠の道です。
そう思うとまず感謝することが初めの一歩なのでしょう。
まとめ
すべてに感謝しよう
→その先には喜びが待っている
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