みなさん、こんにちは。わらびです。いつも記事を読んでくださりありがとうございます。
洗脳とか、刷り込みとか、そういう言葉に敏感になっている人は、以前より増えていっていると思います。
けれど、洗脳と刷り込みの意味を本当に理解しているか?と立ち止まって考えてみたことはありますか。
洗脳という言葉を辞書で引いてみると次のように書いてあります↓
せんのう【洗脳】
①資本主義的思想をもつ者に教育を施し、共産主義的な思想に改造すること。
②その人の思想・主義などを全面的に改めさせること。
明鏡国語辞典より
辞書に書いてあるように、洗脳とは人間の「改造」なのです。(こわいっ!)
そして改造された人間は、自分が改造されているとは気づきません。(余計にこわいっ!)
ここに自らにかけられた洗脳や刷り込みを解くことの難しさがあるのです・・・。
そして少し長いですが、次の文章を読んでみてください↓
”サーカスでゾウを見たことがあるだろうか?もしあれば、お気づきかもしれないが、ゾウは、脚に巻き付けられた一本の細い鎖かロープで、地面に刺さった長い釘につながれているだけだ。その気になれば何の苦もなく、釘を引き抜くなり、鎖を切るなりできるはずなのに、立派に大きく成長したゾウが、まったく逃げようともしない。なぜなのだろうか。サーカスのゾウは、赤ん坊のころ、脚の一本に足かせをはめられ、頑丈な鎖で大きなコンクリートのブロックに毎日何時間もつながれる。どんなに鎖から逃れようとしても、引っ張っても、悲鳴を上げても、甲高い大きな声を張り上げても、鎖は切れない。ゾウはやがて成長するにつれて、どんなに逃げようとしても逃げられないのだと悟るようになっていく。そのうち逃げようともしなくなる。すでに心理的にコントロールされていて、脚が鎖でつながれているかぎり逃げられないと、思い込むようになっている。鎖がどれほど細くても、その先がどれほどいい加減に固定されていても関係ない。鎖さえつけられていれば、自分は「囚われの身」だということに、何の疑問も抱かなくなっている。私たちも、生まれたその日からトレーナーに教育されたゾウのようなものだ。生まれながらの本能を除けば、私たちは真っ白な心でこの世に生まれてきたはずだが、両親や兄弟姉妹、友人、教師、広告、社会、宗教、テレビ、メディア、そしてインターネットという名の「トレーナー」の教育を受けるうちに、教育されたとおりに物事を考え、行動するようになっていく。”
『ブレイン・プログラミング』より引用
これを読んで私は思います。著者の言う通り、私も含め、恐らくほとんどの人がこのゾウと同じ状態になってしまっていると。
けれど、具体的にどんな刷り込みをされたのかは分かりません。
サーカスのゾウの場合は、「小さい頃コンクリートブロックに足をつなげられていたせいで、逃げようとしても逃げられなかったことが原因で、大きくなっても逃げられないと思い込まされていること」なのですが、私たちはいったい何を刷り込まれ、そう思い込まされているかは通常分からないのです。
唯一はっきりしていることは、私たちは何かを「刷り込まされ」「洗脳させられた」ということです。
けれど、これを認識しているか、していないかでは大きな差が生まれます。
刷り込まれた内容が分からなくても、自分は何かを「刷り込まされ」「洗脳させられた」と認識していれば、自分の何気ない思考や、当たり前だと思っていること、そして行動に、疑問を持つことができるからです。
「これはもしかして自分が洗脳されているから、ただそう考えるだけではないのか?」と。
けれど、自分が刷り込まれ、洗脳させられ、「改造」されたと認識していなければ、自分の思考に気にもとめようとしません。つまり、自分の価値観を一切疑わないのです。
それは、逃げようとすれば逃げられるのに、逃げようとすらしなくなったゾウと同じなのだと思いませんか。
わたしたちが、普段「できない」「そんなことはありえない」「不可能だ」と思っていることは間違っているかもしれないのです。逆に普段、「これはこうで当たり前」「こうするのが常識」と思っていることも間違いかもしれない。
その証拠に、難病が笑いで治ったり、イメージの力で癌の腫瘍が消えたり、理想のスタイルを思い浮かべるだけでそのスタイルになったり、精神の力で奇跡的なことが世界中でたくさん起きています。
●関連記事「これだけの笑いの効用を知ったら、笑わないでいることが馬鹿馬鹿しくなる。」
もしも本当に私たち一人ひとりに、精神による驚くべき力が備わっているとしたら?
そして備わっているのに、サーカスのゾウのように「そんな力は自分にはない」と思い込んでいるだけだとしたら?
こんなに勿体ないことってあるでしょうか。
そんな素晴らしい力を持っているとすれば、その力を100%活用したいと思いませんか。
そのために、常に自分は洗脳されているかもしれないという認識を持つことが大切なのです。
この認識を持つことで、自分が当たり前だと思っていることや価値観を疑う視点を持つことができます。
そしてそうした視点から見ると、新しい選択を選ぶチャンスが生まれます。
サーカスのゾウも「この鎖から逃げられないと思っているのは、洗脳の結果創り出された単なる思い込みかもしれない」と考えることが出来れば、逃げるかもしれない。
自分の中にある思い込みを常に疑い、一つひとつ取り去っていきましょう。
例えば、
空腹でないのに必ず一日三食、食事をとることが本当に必要だろうか?(食事ってお腹が空いたから食べるものなんじゃなかったっけ)
そもそも本当に人間は食べないと生きられないのだろうか?(もし本当にそうなら、なぜ不食の人が世界中に存在しているのだろう)
歯磨きをするときに歯磨き粉はそもそも本当に必要なのだろうか?(歯磨き粉の成分を調べてみたことってあったっけ)
そしてそもそも歯磨きで虫歯を防ぐことは本当にできるのだろうか?(歯磨きの習慣がないのに、虫歯にならない人達がいるのはどうしてなんだろう)
毎日、シャンプーや石鹸で全身を洗うことが本当に必要なのだろうか?(もし本当にそうなら、なぜ野生の動物たちはそうしていなくても平気なのだろう)
医者から余命宣告を受けたら、本当にその期間内に死んでしまうのだろうか?(でも余命宣告が当たらなかった事例はたくさんあるみたいだよ)
そもそも病気になることは本当に悪いことなのだろうか?(免疫機能が正常に働いた結果だと考えられないだろうか)
誰かを蹴落とさなければ、本当に競争に勝つことはできないのだろうか?(相手は関係ないこともあるよね)
コーヒーは必ず黒くて、苦い飲み物なのだろうか?(世の中には真っ黒じゃないコーヒーもあるみたい?)
などなど、今まで当たり前だと思っていたものこそ、「本当にそうだろうか」と疑ってみることから始めましょう。
まあ、これも実際にやってみようとすると「疑うこと」が意外と難しいんですよね。(汗)
本当にそれが当たり前と思い込んでしまっているから、そもそも疑うという発想が湧いてこなかったり・・・。(う~ん、難しい!)
だから、子どものようになんでも「どうして?」「なんで?」と手あたり次第、疑問に思うことを意識するしかないのだと思います。そう思うと、子どもはこれを無意識にやっているから素晴らしいですね。
何歳になっても自分の中に子ども心は持ち続けたいし、大切にしたいものです。
最期までお読みいただきありがとうございました。
~追伸~
「言葉」の記事が好きですというメッセージを送ってくださった方へ・・・メッセージ、恐縮に思いながら嬉しい気持ちで読ませていただきました。心が温まり、自信と勇気が湧いてくるメッセージを送ってくださり、本当にありがとうございました。
参考文献↓

自動的に夢がかなっていくブレイン・プログラミング
本のタイトルには「自動的に夢がかなっていく」とありますが、私はそれよりもこの本に書かれている精神的な力についての事例が面白いと思いました。