わらびです。
昔の日本人の食習慣について調べていたところ、面白い歴史が明らかになったので紹介します。
大昔は肉を食べていた
紀元前14000年頃~前10世紀に当たる縄文時代の貝塚からは、イノシシや鹿など多くの獣の骨が出土しており、このことから縄文時代の人々は肉食をしていたと考えられています。
そして紀元前10世紀~後3世紀中頃に当たる弥生時代についても、稲作が盛んになったことで穀物を食べ始めましたが、家畜として飼っている牛・馬・鶏・犬を食べることはあったそうです。
このことから、大昔の日本人は肉食をしていたと考えられます。
ホツマツタヱが偽書ではないとしたら縄文時代の書物であり、そこには「肉を食べてはいけない」と書いてあるのですが、食べている人はいたということですね。
肉食禁止令が長らく発令されてきた日本
インドから仏教が日本に伝来すると、日本人にも不殺生という考え方を持つようになりました。
しかし、インターネットもなく、本も一般的なものではなかった時代、仏教を知ることが出来たのは一部の貴族たちであり、まだまだ民衆にまでは広がっていませんでした。
そこで675年に天武天皇が肉食禁止令を発表します。
これにより牛・豚・鶏・馬・羊を食べることが禁止されました。
そしてこの肉食禁止令は以降もたびたび発令されます。
このことで、徐々に民衆にも不殺生を基本とする仏教信仰が広がり、中世頃には肉を食べることがタブーとされるようになりました。(ただ武士については修練のために狩猟をしており、肉を食べていたようです)
この肉食禁止令は江戸時代でも発令されています。
そういうわけで飛鳥時代である675年から江戸時代の終わりである1868年までは、日本では肉食は禁止されており、人々は肉を食べることを避けていたのでした。
この時代の日本人は、五穀野菜と魚介類が中心の食生活だったのです。
西洋化が進められると共に肉食へ
江戸時代まで肉食が長い間禁止されていた日本ですが、明治維新が始まると逆に肉食が推進されるようになります。
これは西洋化を進めるための一環だと考えられます。
長らく肉食禁止を守って「穢れ」を避けていた日本人の中には、この変化は悪であるとして皇居に乱入し射殺された人もいます。
そうして日本でも牛肉を始めとする肉類を食べることが当たり前のこととなり、今日に至るのです。
まとめ
今回の内容をまとめて思い出したのは「創造主は人間の体に栄養を補給するために植物を創造した。肉食は暴力、不幸につながるのだ」というプラトンの名言です。
肉食を禁止していた江戸時代は1603年から1868年の間平和でした。
それが、明治時代になって維新により肉食が解禁されてから戦争、戦争、また戦争と激動の時代になっていったのです。
なんだか、プラトンの名言と一致しているような気がしてなりません。
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