世界の宗教の食のタブー

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宗教と食

わらびです。

菜食主義を考える上で世界の宗教ではどのようになっているのか気になったので調べてみました。

今回は世界の宗教の食のタブーについて紹介します。

キリスト教

意外なことに?キリスト教には、食のタブーはありませんでした!

まず旧約聖書を読んでみると、

見よ、全地に生える種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる~(創世記1:29-31)

上記のように書いてあり、果物や野菜を食べることを神から許されたことが分かります。

そして次には、

主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し守るようにされた(創世記2:15)

とあるので、菜食主義?と思いきや!

~地のすべての獣と空のすべての鳥は、地に這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちのまえに恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる。動いている命あるものは、すべてあなたたちの食糧とするがよい。わたしは、これらすべてのものを青草と同じようにあなたたちに与える。ただし、肉は命である血を含んだまま食べてはならない~(創世記9:1-8)

このように、「命である血を含んだまま食べてはならない」という条件つきではありますが、肉も魚も食糧として良いことが書かれています。

そして、「地のすべての獣と空のすべての鳥は、地に這うすべてのものと海のすべての魚と共に、あなたたちのまえに恐れおののき、あなたたちの手にゆだねられる」とあるようにキリスト教は、「人間は動物よりも上の地位にあり、だから支配してもよい」という概念があるようです。

これは「この世の中に人間のものというのは一切ない」と考える日月神示とは大きく異なる考え方です。

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そして、新約聖書を見てもイエスキリストは菜食主義者ではないことが判明!

イエスは、子羊の肉や魚を食されました(ルカ22:8-15)

また、5000人にパンと魚を提供されました(ルカ24:42-43)

ペテロが見た幻の中で、神はこう言われました。「神が清めた物をあなたが清くないと言ってはならない」(使徒10:15)

このような記述があり、キリスト教では肉食は否定されていないようです。

ユダヤ教

旧約聖書の中の一書である『レビ記』に食についての規律が書いてありました。

〇食べても良いもの

牛、鶏、羊、ヤギ、鹿、カモ、鱗とヒレのある魚

×食べてはいけないもの

豚、馬、ウサギ、タヌキ、イノシシ、貝類、イカ、タコ、カニ

なんだか不思議な規律のようにも思えます。

牛や鶏は食べてもいいのに、豚やイノシシはダメ・・・。

この差はなんなのでしょうか。

魚も鱗とヒレのある魚限定で、どうして貝類は駄目なのか気になります。

卵・乳製品は禁止されていませんが、ややこしいことに混食禁止の規定があります。

混食禁止の規定とは、「肉類と乳製品を一緒に食べることは許されない」というものです。

例えば、ユダヤ教では鶏も卵も食べてもいいものとされていますが、同時に食べることになる親子丼は食べられません。

イスラム教

〇食べても良いもの

(適切な宗教上の処理を施した)牛や鶏や羊、鱗のある魚、エビ

×食べてはいけないもの

イカ・タコ・貝類は禁じられてはいませんが、避ける人が多いとのこと。

卵・乳製品は食べてもいいそうです。

このように、イスラム教で禁じられているのはあくまでも豚であり、牛や鶏や羊は適切な宗教上の処理さえしてあれば食べてもいいようです。

ヒンズー教

ヒンズー教は不殺生を基本としているので、菜食主義者の人が多いようです。

実際にインド人の約40%が菜食主義者とのこと。

しかし、菜食の度合いにはバラツキがあるようです。

動物性の食品を一切食べないピュアベジタリアン(=ヴィーガン)もいるけれど、乳製品や魚を食べる菜食主義者もいます。

中には肉食する菜食主義でない人もいるけれど、その場合でも鶏・羊・ヤギに限ることが多いそうです。

ヒンズー教で最も避けるべきこととされているのが「血を流すこと」。

そのため、基本的にはヒンズー教徒の人は肉類全般食べないようです。

仏教

もともとインドから生まれた宗教なので、ヒンズー教と同じく基本的には不殺生の考え方に基づいています。

そのため日本でも675年(飛鳥時代)には牛・豚・鶏・馬・羊の肉を食べることを禁止する禁止令が天武天皇により出されており、その後もたびたび肉食の禁止が発令されています。

信者が守るべき五つの戒にも不殺生戒というものがあり、「生き物の命を奪うこと」が禁止されているのです。

しかし、実際には僧侶たちは一切肉を食べていなかったわけではありません。

不殺生戒には三種の浄肉という例外規定なるものがあるのです。

三種の浄肉とは、

・それが殺されるところを見ていないこと
・自分のために殺したことを聞いていないこと
・自分のために殺したことを知らないこと

この三つの条件を満たしていれば、肉を食べていいというものです。

なんだか、「そんなんでいいの?」と思ってしまう規定ですが、これには托鉢が関係しているとのこと。

というのも、他人から食べ物を恵んでもらっている立場にありながら、食べ物について好き嫌いを示すのはよくないという考えがあるからなのです。

「基本的には肉食禁止だけど、もらっちゃったら仕方ないよね」という感じでしょうか・・・。

まとめ

もっと全ての宗教に共通するものがあるのかなと思っていましたが、実際にはバラバラでした。

ただ、不殺生という概念のあるヒンズー教と仏教からも分かるように、東洋と西洋とではその宗教の持つ雰囲気が随分違うように見えます。

酪農文化と農耕文化の違いも関係がありそうです。

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