日月神示に相談しよう:宗教について

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日月神示と宗教

わらびです。

皆さんは宗教についてどういうイメージがありますか?

今回は、日月神示から「宗教」について書かれている部分を抜粋し、紹介します。

日月神示ってなに?という人はコチラの記事からどうぞ↓

「日月神示は面白い」

修行はいらない

滝に打たれて、断食するような修行は幽界(がいこく)の修行じゃぞ。神の国のお土を踏み、神の国で呼吸して、神の国から生まれる食べ物を頂いて、神の国の御仕事をしている民には修行は要らないのじゃぞ。(第六巻 日月の巻 第3帖)

宗教と聞くと、次に悟りという言葉が思い浮かびます。

そして悟りを開くには修行が必要なイメージがありますが、日月神示によると修行はいらないそうです。

戒律がある宗教は亡びる

仙人という者はいかに高度なものであってもそれは幽界に属するものじゃ。何故なら仙人界には戒律があるからじゃ。神界には戒律は無いのじゃよ。戒律がある宗教は亡びるのじゃ。誠の宗教には戒律は無いのじゃよ。(龍音之巻 第7帖)

戒律も宗教とセットのイメージがありますが、本当の宗教には戒律は無いそうです。

それだけでなく、戒律のある宗教はいつかは亡びるとのこと。

日月神示によると、そもそも神が苦労嫌いですからね。

苦労を嫌う神が、苦労を生む戒律を設けることはないでしょう。

今あるほとんどの宗教には戒律がありますが、いずれはそれらの宗教は無くなってしまうのかもしれません。

裁きを説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰になるぞ。(星座之巻 第24帖)

フニャフニャ腰とはなんなのでしょう!!

面白過ぎです!

ようするに腰に力が入っていないということですよね。

「裁きを説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰になる」

想像するとおかしいけれど、少し怖い気もします(笑)

すべてはもともと一つ

神も仏もキリストも元は一つじゃよ。(第四巻 天つ巻 第4帖)

世の中にはいろんな宗教があるけれど、もともとは一つだそうです。

だとしたら何々教というのにこだわるのではなく、本当は、根本や真理を追究することが大切ですよね。

今の宗教はみんな偽の宗教

釈迦もキリストも立派な神であるのじゃが、今の仏教やキリスト教は偽の仏教、キリスト教じゃぞ。(第十五巻 岩の巻 第1帖)

日蓮も親鸞も耶蘇(キリスト教)も何もかも皆抜け殻じゃ。(第五巻 地つ巻 第12帖)

根本にある神はみんな良い神だけど、今の宗教に問題があるようです。

確かに、宗教同士で、宗派同士で争っていますし、平和を説いているはずの宗教なのにおかしいと思います。

もう化けては居られない化けの世は済んだのじゃから、人は嘘をついてはならぬぞ。嘘を見分ける鏡与えてあるのじゃからな。早く改心なされ。仏の取り次ぎ、キリストの取り次ぎ、天理、金光、大本の取り次ぎさん、早く改心したほうが良いぞ。アラーの取り次ぎさん、道教も同じじゃぞ。(第二十四巻 黄金の巻 第10帖)

抜け殻の、偽の宗教になってしまった原因は取り次ぐ人にあるようです。

宗教によるものだけが天国に行くことが出来ると考えるもの。自分の教会だけが天国に通じると思うものは皆悪の眷属(けんぞく)ばかりじゃ。(第二十四巻 黄金の巻 第16帖)

自分の宗教だけが正しいと主張しているのは、なんとみんな悪の眷属、つまり悪の従者とのこと。

それって全然平和じゃない!

だから宗教争いが絶えないのでしょう。

悪の配下でもなく、嘘もつかず、真理を説いているのなら、今のような状態になっていないはずです。

もう取り次ぐ人に問題があって信じられないのだから、やはり身魂を磨くしかありません。

まとめ

修行はいらない

戒律のある宗教はいつかは亡びる
→そしてフニャフニャ腰になる

どの宗教も本来は一つ

今の宗教は偽の宗教になっている
→取り次ぐ人に問題があるから
→宗教に頼らず自分で身魂を磨き、真理を追究する必要がある

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