みなさん、こんにちは。わらびです。いつも記事をお読みいただきありがとうございます。
何にでも感謝する心が大切とよく言われますが、心の底からそれが本当に実践出来ているという境地に至るには、なかなか難しいところもあると思います。
太陽がありがたい、五体満足がありがたい、呼吸することが出来てありがたい、頭では理解できますが、その有り難さの本当の意味を100%心の底から理解できているかは怪しいところがあります。
しかし、心の底から深く理解した有り難さは、感謝のレベルも違うものです。
人は健康の時は、自分の身体に感謝を怠りがちで、病気になって初めて、今まで不自由なく身体を動かせていたありがたさに気付きます。
けれど、不幸になって有り難さが分かるのではなく、日常的に有り難さを感じる方法はないのでしょうか。
その方法の鍵を握るのが潜在意識です。
潜在意識は、頭で考える意識=顕在意識と違って、24時間自動的に働いており、わたしたちの行動に最も大きな影響を与えています。
その潜在意識に働きかけることで、心の底から感謝の念が湧くようにするのです。
その方法とは、とにかく真似でも口先だけでもいいから「ありがたい」と言いまくることです。
実際は感謝の気持ちがこもっていなくても構いません。とにかく「ありがたい」と言ったり、心の中で唱えたりするのです。
すると、いずれ本当に「有り難い」と心から実感できるようになります。
これは、汚れた水の入ったグラスに綺麗な水を注いでいれば、いずれ汚れた水は溢れ出て、グラスの中の水は綺麗な水に入れ替わる理屈と同じ仕組みです。
これが可能な理由は、潜在意識がその物事が正しいかどうかを判断しないからです。
潜在意識はただデータを取り込むだけなので、この潜在意識に「有り難い」というデータを大量にインプットすれば、潜在意識は「有り難い」データで溢れ、それによって、何にでも自然と感謝しやすい人間になるということです。
もちろん現実は有り難いとはとても思えない出来事だってあります。
嫌な出来事に直面すると、「これに感謝なんて出来ない!」と思ってしまう人も多いでしょう。わたしもよくこうなります。
けれど、確かに自分は悪くなくて(少なくともそう見える)、それなのに嫌な出来事が起きたから、悪いのは自分ではなく、その最悪な出来事である、と判断することが正しく見えたとしても、それに腹を立てても自分に良いことは何一つないことも覚えておく必要があります。
自分が100%正しくても、イライラしたり、腹を立てたりすれば、嫌な思いをするのは結局自分なのです。そして、イライラしたり、腹を立てたからといって時間は巻き戻せません。
とすると、いかなる場面でも「有り難い」と言う方が、腹を立てたり、イライラしたりしない分、得だし楽なのです。
ただ、実際には嫌なことをしてきた人に対して「有り難い」と思うことは、たとえ真似でも厳しいと思います。その人の顔すら見たくないと思うのが真実でしょう。
そんな時は、その人から視点をずらして、他に有り難いと思えることを探すのです。
たとえば、ある人が自分に嫌がらせをしてきたら、その嫌がらせから視点を外し、健康である身体に注目し、それに感謝するのです。
そういう風に、どこか良いところを探して、それに感謝するといいと思います。
嫌な出来事に直面している時は「感謝なんて絶対にしたくない!」と思ってしまうものですが、だからといって、怒りを爆発させたとしてもスッキリはしないのです。
たしかに、嫌な出来事に遭遇して、ムッとする気分から離れ、有り難いと思えることを探し、気分を切り替えて感謝することは、一筋縄でいくことではないと思いますが、これが出来れば自分にとって一番ラクですよね。
だから、いつか自然に出来る日が来ることを信じて、挑戦し続ける価値はあると思います。
日常の中で有り難いという水を、潜在意識というグラスの中に注ぎ続けたいものです。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
↓オススメ関連記事↓