映画『ラストエンペラー』から学ぶより良い人生の生き方

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文繡の叫び

ラストエンペラーはどのシーンも印象に残るものであるが、私の心の中にとりわけ強く焼き付いた場面が一つだけある。

それは溥儀(ふぎ)の第二皇妃であった文繡(ぶんしゅう)が、離婚を申し出、雷雨のなか出奔するシーンだ。

文繡は紫禁城の中では紛れもなく皇帝である溥儀の妻であったが、紫禁城の外で妻として認められていたのは皇后である婉容(えんよう)だけだった。

つまり、紫禁城の外では文繡は何者でもなかったのだ。

さらに実際に一番溥儀と仲が良かったのもやはり婉容であり、文繡は何かと”二番目”の立場であった。

紫禁城の中では”二番目の妻”、紫禁城の外では妻として認められず何者でもない存在。

そのことに疑問を抱いていた文繡は車内で「離婚したい」とつぶやく。

突然の文繡の告白に驚く溥儀と婉容。

その後に文繡がさらなる思いを打ち明けても結局溥儀によって「皇帝と離婚はできない」と申し出を断られる。

その発言に納得のいかない文繡は「離婚したいのよ!」と叫ぶ。

だがその叫びも虚しく、特に何が起こるわけでもなかった。

けれど、ここからである。

次の日の朝、文繡は出奔する。

その日は雷雨であったが小さなポーチ一つだけを抱え、傘も持たずにためらうことなく雨の中に飛び出す文繡。

追いかけてきた者によって「濡れないように」と傘を渡され、一度は受け取るが、「必要ないわ」と言って傘を捨てる。

そして被っていた帽子まで脱ぎ、振り続ける雨の中、外の世界に旅立つのだった。

自分の道を歩むとき未来は明るい

文繡が傘を捨てた理由。それは文繡にとって紫禁城を抜け出し、”二番目の妻”でなく、”文繡”として社会に飛び出すということが、喜びであり、それによって未来が明るく見えていたからだと思う。

何者でもない自分に悩み、しきたりに縛り付けられ、薄暗い建物にとじこめられておくより、自分の歩みたい人生を進む方がたとえ雨であっても明るかったのだ。

外は雷雨だったが文繡には光が見えていた。

何が待っているか分からない未知の紫禁城の外の世界に文繡は希望という光を見出したのだ。

だから文繡には、空がまぶしく、それは旅立ちを祝福してくれる光のようにも思え、傘を捨てたのだと思う。

希望という光に包まれた文繡にとって、傘は不要だったのだ。

紫禁城の外に出るということは、自らの力で道を切り拓いていかなければならないことを意味し、今まで皇室にいた者が、それを一人で実践することは、動物園で飼われていたライオンが突然野生の世界で生きていかなければならないのと同じように過酷なことであると思われるが、それにためらわず、飛び出すことを決心した文繡はとても勇気がある。

このシーンは、そんな慣習に縛られず、自らの人生を”自分”として生きることを選んだ文繡の強い決心を見ることのできるシーンなのだ。

何者でもない自分からの脱却

文繡は事実、立場として何者でもない存在になっており、それに疑問を抱いて自ら脱却を果たしたが、私たち、つまり紫禁城の外にいる人間の中にも”誰でもない”存在になってしまっている人はいないだろうか。

自分の意見を持たず、多数に追従しているだけの人。

そういう人は、たとえその人が「自分は自分の思うように行動している」と思っていても、”誰でもない”存在だと私は思う。

「嫌われるかもしれない」「否定されるかもしれない」と自分の意見を心の奥底にしまいこんで、自分の意見とは正反対の大多数についていって”誰”になれるというのだろう。

少なくとも”自分”ではない。強いて言えば”多数につきそう者の一人”である。

そんな存在でいることが別に苦痛でなければ、そのままでもいいかもしれない。

けれど、少しでもそんな”誰でもない””自分がない”存在でいることに苦痛や疑問を感じているのなら、すぐにでも文繡のように、薄暗い世界から脱出しなければならない。

”何者かである”世界は、自分で選択し、自分で行動しなければならないため、困難や孤独はつきものである。

けれど、それは”何者でもない”不自由さと不満に満ちた閉塞感のある灰色の世界に比べると、はるかに自由であり明るい世界なのだ。

建物の中にこもって窓から外を眺めても、見えるのは土砂降りの雨であり、聞こえるのは雷雨の音である。

けれど、実際に外に出てみると文繡が目にした光景と同じように、外の方が建物の中より明るく、雨雲の間から太陽の光がもれているのを目にすることができる。

これと同じように”何者でもない”世界から”何者かである”世界を見ると、その世界は恐ろしく見えるかもしれないが、実際にその世界に飛び込んでみると明るい世界であることに気付く。

これは雷雨の中、外に飛び込んだ人にしか気づくことはできない。

閉塞感のある現状を打開するには、この雷雨に飛び込む一歩を踏み出す勇気が必要だ。

その勇気を失ってしまいそうな時は思い出そう。

雨の中、傘も持たずに飛び出した文繡と、そして彼女の、光を見て、その眩しさに感動した表情を。

人生をより良く生きるためのメモ「何者でもない自分をやめる」

文繡の出奔シーンはその文繡の行動力だけでも十分ドラマチックであるが、坂本龍一作曲の「Rain」の曲も相まってさらにドラマチックなシーンになっている。音楽と映像がとてもマッチしているのだ。そういう意味でこの場面は二重に忘れられない印象的なシーンになっている。


Rain

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