
わらびです。
前回の記事では、ハタキとホウキを使って掃除をする便利さについてお話しましたが、今回は掃除のノウハウというより、精神的な部分についてお話します。
掃除は喜び
ハタキとホウキを使ってする掃除は、静かで無心になれるので、掃除をすることがだんだん楽しくなっていきます。
立ったり、四つん這いになったり、イスをどかしたり、はたいたり、身体を大きく動かすので、運動した後のように気持ちもリフレッシュできます。
意外と掃除は運動強度があるので、最初は姿勢がきつかったりしますが、人間はよく出来ていて、身体が掃除の動きに慣れてきます。
慣れてくると、以前より苦しくなく楽にできるようになり余裕ができるので、さらに掃除をすることが楽しくなります。
機械ではなく手を使った掃除は、ゴミや汚れている部分との距離が近いので、綺麗になった様子を確認しやすいです。
そして、これが喜びになります。
どんどん家の中が綺麗になっていくのが楽しくて仕方がなくなってくるんです。
しかし、掃除機を使うと手を使って掃除する場合と比べて、細かい部分が見えにくいので、「あぁ!こんなにピカピカになった!」とはなりにくいのです。
機械は行為そのものの喜びを奪う
お掃除ロボットはこのような掃除をすることの楽しさ・喜びを人間から奪ってしまうと思います。
なぜなら、人間は掃除をしなくなるからです。
掃除をしなければ、掃除をすることの喜びを味わうことはできません。
自分で身体を動かして掃除をしなくていい分、楽かもしれませんが、いつの間にか家が綺麗になっていることに「喜び」は感じられないと思います。
自分で掃除した方が綺麗になる
それから、お掃除ロボットの進化はすごくて、どんどん新しい機能が搭載されていますが、それでも人が手を使って掃除をするみたいには綺麗にできないと思います。
そもそも、お掃除ロボは床しか掃除できません。棚の上に積もったホコリや配線の上に積もったホコリの掃除はできません。
水拭きしているついでに、冷蔵庫を磨いたりもしてくれません。
机の土台の部分を拭いたりもしてくれません。
お掃除ロボットにどんなに新しい機能が搭載されても、現状は人間が手を使って掃除をする方が綺麗になります。
まとめ
しかし、お掃除ロボではなく自分で掃除をすることの大きな意味は、やはり「喜び」にあると思います。
自分の身体を使って行う掃除は、雑事ではなく、運動であり、瞑想であり、喜びです。
そんな、素敵な楽しさをわたしは大切にしたいです。
最後まで記事をお読みいただきありがとうございました。

